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培ってきた技術を記録するために費やす時間。有限の人生時間。

ポエム Advent Calendar 2016 18日目の記事です。

ここ最近は仕事らしい仕事をほとんど行わずにずっと文章を書いたりサンプルプログラムを書いたりしている。すべては軌跡を残すためだけの作業。

そうして出力されたものが本ブログ clock-up-blog であったり kobake@github - Qiita であったり ASP.NET MVC 🍣 ClockUpTips であったり Ethereum ClockUpMemo であったり clock-up-memo であったり kobake (kobake) · GitHub であったり Xamarin Samples · GitHub であったり aspnet-mvc-samples · GitHub であったりその他諸々省略であったりするのだけど、もうなんか2か月くらいそんな感じでずっと軌跡を形にし続けているのだけど圧倒的に時間が足りない。

感覚としては習得のために1日費やした技術の軌跡を自分の言葉やコードできちんと残すためには同じく1日くらい (もしくはそれ以上) の時間が必要なように感じる。そんな見積もり感覚を最近やっと得た。

これまでに既に残してきた記事や公開コードは僕のもつ技術のほんの極一部に過ぎず、これは確実に驕りであるのだが、できれば全ての習得技術の痕跡を残してから僕は天命を迎えたい。そんな感情がある。

僕はこれまでにだいたい20年弱ほどプログラミングに向き合ってきたのだけど、ということは、だ、さきほどの見積もり感覚に照らし合わせると、この技術の軌跡をすべて自分の言葉やコードで残すためには今から労働その他の活動を全てストップして記録だけに時間を費やすとしても今後20年弱ほどの時間が必要となる。なんという不毛な未来予想図。仮にそれを本当に実践したとして、20年後にすべてを書き終えた自分はどんな表情をしているだろう。少なくとも腑に落ちない顔をしていると思う。技術というものはほとんどがそもそも他人からの受け売りであるからあえて自分の言葉で書き直すことの価値に疑問符が浮かぶし、何よりも時の流れにより価値が下がったり失われたりする技術は多い。

でも現実として今現在自分は軌跡を残す作業に時間を費やしている。他の多くの尊いエンジニアも同じようにそういう作業にしばしば時間を費やしている。そういう行動の理由や効果はいくつかあるのだが、効果のひとつとして、記録が自身の学習を強化するという点がある。そして公開された記録は技術の新たな理解者を増やす手助けになる。あとなんか本能的に気持ちいい。

当然ながらすべての時間を記録に費やすのは非現実的だし非経済的なのでどこかで匙加減を量る。

  • 技術を培う時間
  • 培った技術を実用に適用する時間 (※1)
  • 培った技術を自分の言葉やコードで記録する時間
  • さらに新しい技術を学ぶ時間
  • 独自の新しい技術を生み出す時間
  • 技術以外に費やす時間

(※1) 技術は手段にすぎず※1の「実用」が本来の目的であり最優先すべきなのだが、技術探究者に対してそういう正論はあんまり響かないことが多い

これらのパラメータ調整によって数十年後に見える景色や評価は大きく変動する。

ふーむ、パラメータ調整?なんだろうこれは。まるでゲームではないか。いや先に誰かの人生がありゲームが後にできたのだからゲーム側が人生に似ているというほうが正確なのだが。この際そういう因果関係の向きはどうでもいい。

人生はゲームだ。満足のいく形でゲームクリアを迎えたい。ちなみに多人数プレイのほうが効率が良いらしい。

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